臺展的作品搬入,如同之前的報導已於(十月)十日開始,第一天的受理件數是東洋畫六件、西洋畫九件,第二天是東洋畫十二件、西洋畫三十八件,昨天十二日的受理件數是西洋畫一百十件、東洋畫八件,這三天的搬入作品中,洋畫(西洋畫)多達一百五十餘件,東洋畫卻只有二十九件,不過,因為臺北方面的出品時間是十三日以及最後一天的十四日,只要這邊完成搬入,(東洋畫)件數應可望立即增加。十一日石黑(英彥)文教局長也前來視察搬入的受理狀況,並表示東洋畫很多都很優秀,和去年比起來有很大的差別。搬入受理日期只剩十三、十四兩天,十四日下午四點即截止,有意出品者不要逾時才搬入、要留意截止時間才好。此外,審查於十六日開始進行,十九日結束後立即執行作品陳列的作業,之後依序是:二十五日為臺展關係者及新聞記者的下見(展前預覽),二十六日為招待日,二十七日至十一月五日的十天期間為一般公開。
松林、小林 兩審查員 今天來臺
接受招聘擔任臺展審査員的松林桂月、小林萬吾的兩位審查委員,預計於十三日搭乘大和丸,抵達基隆。此外,臺灣教育會為了向社會大眾推廣美術思想,便趁臺展舉辦之機,特別招聘京都帝國大學(現京都大學)助教授(譯註1)澤村專太郎氏,在臺展開展前後,計畫在臺北舉辦演講會,澤村氏預計於二十二日神戶出發,二十五日左右抵臺。
臺展の作品搬入 愈よ今明兩日で締切る 昨日迄の分ては日本画が淋しい
臺展の作品搬入は既報の如く十日から始まつてゐるが第一日の受付けは東洋画六点西洋画九点第二日は東洋画十二点西洋画三十八点十二日の受付は西洋画百十点東洋画八点で三日間の搬入中洋画は百五十余点に上つてゐるに拘らず東洋画は僅かに二十九点に過ぎない然し臺北方面の出品は十三日及び最終日の十四日になつてゐるので之が出揃へば忽ち可なりの点数に上る筈である、十一日石黒文教局長も受付の模様を見て廻はつたが東洋画の出来が何れも優秀なもの多く昨年に比して非常な隔りがあるらしいと言つてゐた、受付日数は十三、四両日を残すのみで十四日も午後四時には締切るとの事であるから出品希望者は締切に後れない様にこの際注意する必要があらう尚ほ審査は十六日から始まり十九日で終り直に陳列に取りかゝり二十五日関係者及び新聞記者の下見二十六日が招待日で二十七日から十一月五日迄十日間一般に公開される順序になつてゐる
松林、小林 両審査員 けふ来臺する
臺展審査員として招聘された松林桂月、小林万吾の両審査委員は十三日大和丸で基隆着の予定になつてゐる尚ほ臺灣教育会では臺展の開会を期として一般に美術思想の普及を図るべく特に京都帝国大学助教授沢村専太郎氏を招聘して臺展と前後して臺北に講演会を開く計画あり同氏は二十二日神戸発二十五日頃来着の筈になつてゐる
─原載《臺灣日日新報》,1928-10-13(日刊7版)
(辨識、翻譯/李淑珠)
註釋
譯註1. 日本2007年已將「助教授」的頭銜改為「准教授」(副教授)至今。