臺展即將於今年迎接第五年的舉辦,不僅從内地(日本)招聘審査員加入審查陣容,會場也分為東洋畫與西洋畫兩處,規模擴大。與此同時,臺展今年的成果,也因此受到世人莫大的期待。然而,其結果如何呢?以下便是本人逛了一圈今年的臺展之後的感想。

作家的心境…… 令人摸不著頭緒的寂寞感 通俗作品居多的東洋畫

這回的臺展,從入選件數來看,與去年相比,是相當高標準的嚴選。即便如此,入選的畫作也未必都是逸品集聚,東洋畫方面,尤其如此,連去年出品大作(大尺幅畫作)榮獲特選的林玉山氏和陳進氏,今年也發揮有限,又不見有其他作品能凌駕去年的上述二氏,所以今年的東洋畫格外

◇有寂寞感 。首先,進入第一室,林玉山氏的《朱欒》便映入了眼簾。此畫是描寫一隻猫抬頭看著結實累累的朱欒,雖是常見構圖,但透過畫面作家所想要傳達的心思或態度到底是什麼,觀者根本摸不著頭緒,這點令人感到無比寂寞。一般而言,東洋畫的領域有畫家淪為畫工,一不小心就忘卻作為藝術家的態度,這是令人可嘆的傾向。這次的東洋畫,忘卻了東洋畫的「神韻」等傳統,也不把握新的時代意識,只耽於膚淺的

◇通俗之美 的表現,這可怎麼得了?歌麿被罰50天銬上手銬之刑、史特林堡(Johan August Strindberg)寫完作品便吐血,若有出自如此壯烈精神的作品,哪怕只有一件,亦足矣。而除了林玉山氏的畫之外,林東令氏的《秋庭》、郭雪湖氏的《新霽》、呂鐵州氏的《夕月》、清水雪江氏的《秋》等等,全是大作,雖有美麗的畫工之勞,可惜列舉於此的這些作品中,有把藝術當作藝術、觸動觀者心弦者,皆無。這時,比起所謂的大師級的出品畫作,或許我們可以在仍處於稚拙、未滿二十歳的

◇新入選的 作家們的純心的小品中,發現一些喜悅。例如廖立芳氏的小品《大理花(dahlia)》、松尾翠氏的《清秀》、謝寶治氏的《豐果》、吉川清江(譯注1)氏的《嘉德麗雅蘭(cattleya)》等作品。第二室正面的大作,即村上無羅氏的《南隆之朝》,也是在一個畫面上純裝飾的意圖與寫實互相交錯,欠缺統一的氛圍。佐佐木栗軒氏也已經除了舊調重彈,再畫不出任何新意;陳進氏也不見任何進展的跡象;小山不老氏的《新公園所見》也除了看似消遣解悶,別無其他。呂鐵州氏的《後庭》、廖立芳氏的《野草》也非新奇之作。其中最為

◇有趣之作 是宮田彌太郎氏的作品《綠蔭》。畫面上有一部分描繪的是一位頭戴大寬帽、身著洋裝的婦人,如果中央的人物與背景也能以此婦人所呈現之美來描繪的話,此畫必是最為異色(有特色)的作品。


臺展を一巡して 概括的率直な感じ

臺展も愈々今年にて第五年を迎へ内地より招聘の審査員も加へ、会場も東洋画西洋画二ケ所に分れ規模を拡大した、それと同時に臺展の今年の出来栄えに対しては、それだけ世間の期待も大きくなつた訳である、然しその結果はどうであらうか、以下、今年の臺展を一巡しての感想を述べて見よう

作家の心境が…… ピンと来ない淋しさ 通俗的な作の多い東洋画

今回の臺展は入選数から見れば昨年に比しては可成厳選であつた、然し入選画必ずしも逸品を蒐めたとは云ひ得ない、特に東洋画に於て此の事はあてはまる。昨年大作を出して特選となつた林玉山氏、陳氏進氏も今年は余り振はず他に昨年の上述二氏を凌駕する様な作も見えず、今年の東洋画は割に

◇淋しい感 がするが先づ第一室に於いては林玉山氏の『朱欒』が目に入る、猫が実のたわわた朱欒を見上げてゐる図でよく見る構図であるが描かうとする作家自身の心意気なり態度なりがピンと観る者に来ない淋しさがある。一般に東洋画に於ては画家が画工となり芸術家としての態度が忘れられ勝ちなのは嘆かはしい傾向である。今回の東洋画にしても東洋画の伝統である神韻などは忘れられ、さりとて新しい時代意識の把握もなく皮相な

◇通俗な美 の表現にのみあくせくしてゐるのは如何なる事であらうか。歌麿が手づり五十ひに処せられ、ストリンドベルクが作し終つて血を吐いたあの熱烈な精神から出た作が一点でもいいから欲しいと思ふ。さて林玉山氏の絵と共に林東令氏の『秋庭』郭雪湖氏の『新霽』、呂鉄州氏の『夕月』、清水雪江氏の『秋』等皆大作であり美しい画工の労力であるが惜いかな此処に列べられた作品には芸術を芸術たらしむる観者の心琴に触れる何者も無い。所謂大家の出品作が斯る時、我々は稚拙ながらも未だ二十歳に満たぬ

◇新入選の 人々の純心な小品にどれ程喜びを見出すか知れない。廖立芳氏の小品『ダリア』松尾翠氏の『清楚』謝氏宝治氏の『豊果』吉川清水氏の『カトレア』などがそれである。第二室正面の大作村上無羅氏の『南隆の朝』も一つの画面に純装的な意図と写実とが絡つてゐて統一した気分をもつてゐない、佐々木栗軒氏も最早くりかへしの他何等味はひを持たず、陳氏進氏も何等進展の跡を見せず小山不老氏の『新公園所見』もなぐさみと云ふ他に見様はなし。呂鉄州の後庭、廖立芳氏の野草も目新しい作ではない中でも最も

◇面白い作 は宮田彌太郎氏作『緑蔭』の図の一部大きな帽子を冠つた洋装の婦人の姿体である、中央の人物と背景が此の婦人の持つ美しさで描かれたならば此の作は最も異色ある作となつたであらう

原載《臺灣日日新報》,1931-10-26 (日刊3版)

辨識、翻譯/李淑珠

註釋

譯注(1) 原文「吉川清水」的「水」為誤植。