鷗亭生(譯注1)

 今年的臺展洋畫部(西洋畫部)出現了不尋常之作,即來自東京的洋畫部審査委員小澤秋成君的作品,一件描繪的是臺北的三線道路(《臺北風景一》),另一件描繪的則是臺北市內看得到高塔的街道(《臺北風景二》),總之,兩件都是被議論的焦點。

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 兩件作品當中,三線道路這件比看得到高塔的臺北風景更佳,畫面構圖與以偏愛描繪巴黎(Paris)郊外而知名的尤特里羅(Maurice Utrillo)有點相似,但在筆觸上,兩人卻是不可同日而喻,三線道路不愧是出自東洋正宗的畫家之手,技法「非常」老練,畫面也躍動感十足,非常精彩,靈性的(Geistich)東洋藝術的精神層面完全表露無遺,令觀賞之眼也感到無比欣喜。這樣的油畫,恕我直言,西洋人就是卯足了全力,也絕對畫不出來,正因如此,所以一旦這種畫出現在巴里(巴黎),觀眾都會表現得非常驚訝。其實在臺北這邊能看到這樣的繪畫創作,根本是連作夢也沒想到。即使就畫本身的効果來說,也幾乎滿分,這是因為小澤君是早期學習日本畫,之後才改畫油畫的洋畫家(油畫家),即便在巴里,其作品想必也一定會廣受好評。

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 老實說,對於那些生硬笨拙的油畫,我們已經感到有點厭煩了!這對鑑賞畫作有豐富經驗的人而言,應該是任誰都有的想法。在如此氛圍下,突然出現的正是小澤秋成君的這幅《臺北風景》(一)。對於認為只有以堅硬如鹿爪般的學院式(academic)顏料堆積在畫布上展現高超技巧的畫,才是洋畫(油畫)的人而言,或許會覺得:「這是什麼?根本是把我們當白痴的畫」。也不能責怪這些人有如此想法,因為這種新洋畫不在我們的已知範疇,在看慣了的普通洋畫之中,結果出現了沒看過的新洋畫,若有人將之視為異端,「那」也沒辦法。然而,被視為異端也好,被嘲諷也罷,一點都不會影響到這件藝術作品的真正價值。

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  其實,這種以強勁的線條來創作的洋畫,比起日本,巴黎的新畫壇「更」多,也很受歡迎,甚至可以說是一種流行,或者可視為一種「有奶油(butter)味的洋畫」。然而,這種有奶油味的洋畫,居然是因為受某些東洋畫,尤其是日本畫的影響,得到了刺激,而以東洋藝術化的洋畫現身,這真是不可思議的因緣。總之,此作是被扔到臺展洋畫部的炸彈。


臺展洋画部に投げられた爆弾 小澤審査員の作を評す

鷗亭生

本年の臺展洋画部に横紙破りの作が出現した、東京から来た洋画部の審査委員小沢秋成君の作で、一は臺北の三線道路を他は市中の塔の見える街路を描いたものだ、とにかく問題を投げてゐる作品である

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 その二作中では三線道路よりも塔の見える臺北風景の方が佳く、画の構図はパリの郊外を好んで画いて名を挙げたウチリロ辺りのそれに似てゐる、然し其の筆触は同日の談でなく流石に東洋本家の画家の手に成つた丈けにトテモ器用で、内容的にも躍動を見せてゐる素晴らしくガイスチツヒである東洋芸術の精神的な側面が物の美事に滲み出て見る眼にも嬉しい限りである、こんな油絵は憚りながら西洋人には鯱ほこ立ちになつても画けつこなしである、それだけに斯ういふ画が巴里辺りに出現すると観衆をびつくり仰天させるのである、実は臺北辺りでこんな作画が見られるなどとは夢にも思へなかつた、絵の効果から言つても先づ百パーセントに近い、之といふのも小沢君が初期に日本画から入つた洋画家であるためで、巴里でも其の作品は必ず評判を得たことだらうと思はれる

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ぎごちない固苦しい油絵には実のところ吾々は少々飽きが来てゐる、これは沢山な絵を見てゐる人人には誰でもが感ずる心境だと思ふ、そんな気分のある所へフイと現はれたのが此の小沢秋成君の『臺北風景』である、固い鹿爪らしいアカデミクな絵具の堆積から成る技巧張りの絵だけが洋画だと考へてゐる人々には『何んだ人をバカにしてゐるやうな絵だナ』といふ感じが起るかも知れぬが、起つても仕方がない、それは此の新洋画が知つた事ではない、見なれてゐる有り来りの洋画の間に遂見なれぬ新洋画が現はれたので之を異端的に観る人があつてもソレも仕方がない、然し異端的に見られてもバカにしてゐると思はれても其の為めに此の芸術作品の真価は少しも下らない

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 実はこの樣な線描に強い力を籠めて画く洋画は、日本などより寧ろパリの新画壇にヨリ多く人気があり、一種の流行を見てゐるとも言へるもので、或は『バタ臭い洋画』かも知れない、然しそのバタ臭い洋画が焉んぞ知らん東洋画、特に日本画の影響によつて刺戟され、東洋芸術化された洋画となつて現はれてゐるのだから不思議な因縁である、とにかく此の作は臺展の洋画部に投げつけられた爆弾である

原載《臺灣日日新報》,1931-10-26 (日刊3版)

辨識、翻譯/李淑珠

註釋

譯注(1) 「鷗亭生」與「鷗汀生」為《臺灣日日新報》主筆大澤貞吉(1923年入社擔任副主筆,1931年昇任主筆)之常用筆名,「鷗汀」為其號。