五
接著登場的,可以說是今年的寵兒——美術學校組,也是最為認真努力的勤學組。一是李梅樹君的《自畫像》、二是太齋(譯注1)(春夫)君的《青年像》與《靜物》、三是李石樵君的《室內》,三人皆為了將來的飛躍而致力於作畫的基礎學習。有了這些花形(明星)畫家,臺展才能顯示出認真的一面。願他們能更加使用頭腦來創作,持續不斷地呈現令人激賞的力作。其次是另一個與勤學組在些許不同的意義上使臺展熱鬧的群組(group) ,即新歸朝(歸國)組的一群:出品《茶園》、《靜物》與《巴黎的屋頂》的陳清汾君,出品《巴黎初春》與《法國莫雷(Moret sur Loing)風景》的楊佐三郎(楊三郎)君,以及出品《西蒙(Simon)小姐》與《K小姐》的顏水龍君。這些畫家雖然親身踏過本場(發源地),作品帶有熟練之感,但不像前述的勤學組那樣有張力。願他們不要重蹈許多新歸朝組的覆轍。再其次,便是免繳木戶錢(入場費,意指審查)的無鑑查組。然而這些人的表現之不振,實在多矣。究竟是去年審查員過於高估了,還是畫家過於怠慢?無論如何,為了不引起例如「無鑑查規定改正」這樣棘手的問題,努力學習才是要緊的。
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以上雖然只是大略,但已經說明了西洋畫展示間中所見的「書生氣」的由來。在這種氣氛存在的期間,臺展的西洋畫必將令人對明年有所期待,我們也只能靜候其宏大的發展。
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最後,想針對整個臺展洋畫(西洋畫)表達一下想法。若將洋畫部的作品與東洋畫的相比,洋畫似乎更實際,以現實生活為土壤並成長茁壯。一顆水果、一張桌子(table),看起來都描繪出了真實生活的一面,也因此,西洋畫的作品不會像東洋畫的那樣令人感到巨大的空虛。然而,這麼說並不代表西洋畫全部都很優秀,因為即使生活與藝術有密切的關係,生活本身也未必能成為優秀的東西。那麼,臺展的西洋畫是否有以優秀生活為土壤的作品呢?雖然沒有東洋畫那樣用手上工夫(技巧)去掩飾生活空虛的愚作,但也沒有出類拔萃的傑作。大家似乎都過著與我們相同的平凡生活,因此沒有能夠令我們動心的作品出現。這一點,是特別需要洋畫家諸君深思的問題。此外,前篇所謂的「鹽月君一流」,其實是「鹽月君一統」的誤植(譯注2)。(完、永山生(譯注3))
本年の臺展 美校派と帰朝派 優れた作品はない
五
次に来るのが今年の寵児たる美術学校組とでも云はうか最も真面目な勉強組である、曰く李梅樹君の『自画像』、曰く太斉君の青年像と『静物』、曰く李石樵君の『室内』、三君とも将来の飛躍を約して作画の基礎勉強に精進してゐる、是等の花形画家あつて始めて臺展も真面目さを示し得てゐえう、願はくはもつと頭を造つて快心の力作をどしどし示して貰ひたい、次にはこの勉強組とは少々違つた意味で臺展を賑はしてゐるグループ即ち新帰朝組の一団がある、『茶園』『静物』『巴里の屋根』を出してゐる陳清汾君、『巴里の初春』『フランスモレー風景』を出してゐる楊佐三郎君『シモン嬢』『K嬢』を出してゐる顔水龍君等である、是等の画家は本場を踏んで慣れ慣れしさはあるが、前の勉強組の様な張りがないが、願はくば多くの新帰朝組の様な轍を踏まない様にありたい、次には木戸御免の無鑑査組があるがこの連中の振はない事夥しい、去年の審査員の買被りか画家の怠慢か、無鑑査規定改正など云ふ六ケ敷い問題を起さぬ様勉強が大切である
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以上大略ではあるが西洋画室に見られる書生ツポ的気分の由来する所を述べた、この気分のある間臺展の西洋画は明年を期待させるだらう、大いなる発展を待つ次第である
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最後に臺展の洋画全般に就て一言したい、洋画部の作品を東洋画に比べると洋画の方が実際に即し現実の生活を土壌として育つて来てゐる様に思はれる、果物一つ、テーブル一つにいつはりのない生活の一片が描き出されてゐる様に見える、だからして西洋画の方には東洋画に見られる様な大きな空虚が感ぜられないのだらう、だが斯く云つたからとて西洋画が皆優れてゐると云ふのではない、生活と芸術とが密接な関係にあるとしても、生活それ自身が優れたものとはなり得ないからである、それならば臺展西洋画に優れた生活を土壌にした作品が見当るかと云ふに東洋画の様に生活の空虚を手先仕事で隠すと云つた様な愚作はないとしても、一頭地を抜いた作品は見当らないのである、皆がみな我我と同じ様な平凡な生活をしてゐるらしい、だからして我々の胸をうつ様な作が出て来ないのである此の点は特に洋画家諸君の考慮一番を要する問題と思ふ、尚前回の塩月君一流は塩月君一統の誤植(完、永山生)
—原載《臺灣日日新報》,1933-11-03(日刊2版)
(辨識、翻譯/李淑珠)
註釋
譯注1. 原文「太齊」的「齊」為誤植。
譯注2. 前篇為〈本年の臺展 洋画部は書生ツポ 目立つ四グループ 四〉(今年的臺展 洋畫部具備書生氣 顯眼的四個群組 四)《臺灣日日新報》1933年11月2日(版2),但「一統」的語意不明,故前篇翻譯仍維持「一流」。
譯注3. 應為臺灣日日新報社記者永山義孝。
