前天十九日的下午六點,在官邸舉辦的評議會員招待晩餐會的席上,當宴會來到酒酣耳熱之際,像是突然想到了一樣,上山(滿之進)總督對著石黑(英彥)文教局長開了金口:「石黑君!臺展那邊究竟要讓『多少』作品入選?」面對這個出其不意的提問,文教局長也一臉張惶失措的模樣,回答說:
▲「這個嘛!要讓『多少』作品入選,必須經過審查之後才知道,在此無法給您肯定的答案」。然而,總督繼續追問:「但你可以說個大概吧?大概會有『多少』入選,應該知道吧」。這讓文教局長也只得服輸:「就我聽到的,應該會有一百二、三十幅」,同時稟告說這數字是機密,總督聽後說:「『原來』如此,一百二、三十幅!不錯!不錯!」但一轉頭就衝著評議會員們,一本正經地打趣:
▲「諸君!第一次的臺展就成功奪得入選榮冠的傑作,聽說會有一百二、三十幅!再拜託你們一人買個五幅喔!」
對此,慷慨仗義的三好(德三郎)翁拍拍胸脯說:「這事,小菜一碟!我來統籌分配吧!」
▲此時,赤石(定藏)君清了一下喉嚨,向石黑局長問說:「這個展覽會是何時公開?」一聽到是二十八日開始,似乎有些失望,問說:「可否私底下讓我們先鑑賞呢?」石黑局長看起來有點「負氣」地回說:「若你願意購買的話,可以商量」。不過,赤石君也非等閒之輩:「石黑君!就算要買,也要先看過畫啊!我二十六日要上京(赴東京),希望可以當作臺灣土產帶去」。
▲結果,其他許多預計在二十八日前上京之人,也紛紛提出要求說希望先私下鑑賞,局長,不,是委員長的石黑君回說:「我們來想辦法」,當場解決了這個問題。不過,在二十日的審查那天,陪同後藤會長來到會場的石黑委員長,向會長匯報說:「比起早在七、八年前便創辦的朝鮮的展覽會(譯註1),我們的有過之而無不及呢!」兩位的臉上都堆滿了笑容。
總督さんの 買上げ勧誘 景気よさゝうな 臺展出品画
一昨十九日の午後六時、官邸で開かれた評議会員招待晩餐会の席上、宴も漸く酣にならうとした時、思ひ出したやうに、石黒文教局長を相手に話の口火を切つた上山総督『君、臺展の方は一体ドノ位入選させるつもりか?』とだしぬけの質問には文教局長も一寸面喰の態
▲『サー、そのドノ位入選させたらよいかは審査の上でなければこゝでは確答出来ません』と答へる、『然し君大よそだよ、ドノ位入選する位のことは、わかるだらう』と重ねての問ひに文教局長も弱つて仕舞ひ、『ほのかに聞く処に依れば百二三十点位ありさうですと、極内の処を言上に及ぶと『ナール程、百二三十点か、それでよいよいと今度は総督さん、評議会員一同に向ひ
▲『諸君!始めての臺展に美事入選の栄冠をになつた傑作が百二三十点もあるさうだ、お一人で五点位つつ皆さんの御買上げを願ひますよ』
と真面目腐つて冗談を言ふと世話好きの三好翁『そんなことなら御安い御用、私が全部引受けて割振り致しませう』と仲々景気のよい話
▲そこへ赤石君せき込んで『その展覧会は一体何時から公開するか』と石黒局長に尋ねた処二十八日からと聞いてガツカリしたらしく『何とか非公式に見せて貰ふわけには行くまいか』と申込むと石黒局長『御買上げ下さるなら何とか取計らひませう』と一寸スネた風を見せる、処が赤石君もさる者、君!買上げるには、物を見なけりやなるまい、二十六日には上京するから是非臺灣土産にしたいもんだネ『▲処がその他にも二十八日前に上京する人で是非見せて貰ひたいと言ふ人が沢山出て来たので局長いや委員長の石黒さん『何とか都合しませう』でその場はケリがついたが二十日の審査日に後藤会長と一所に会場へ来た石黒委員長『七八年も先きに生れた朝鮮の展覧会と比較し決して優るとも劣りませんナ』と会長に話しながらお二人ともホタホタ
—原載《臺灣日日新報》,1927-10-21(日刊5版)
(辨識、翻譯/李淑珠)
註釋
譯註1. 朝鮮美術展覽會,簡稱鮮展,由朝鮮總督府主辦,1922年第一回展,故石黑委員長的「七、八年前」的說法,是口誤。