甲記者

此次的畫展中,可令人聯想「日本人在此」的,唯有西洋畫的鹽月桃甫畫伯的《印度牛(Kankrej)》一件,燦爛奪目。其餘作品中,同樣是西洋畫、題為《大稻埕》、榮獲臺日賞的立石鐵臣的畫,具有非常時期的氛圍。其他例如東洋畫的鄉原古統、喜多收一郎、石本秋圃三人的畫,亦具時代感。

▷例如描寫舞踊(舞蹈)女性的畫作(石原紫山《舞娘》),若創作只靠畫筆的技巧,畫家的淺見薄識不就被揭穿了嗎?觀賞舞踊的畫作時,不需要事先了解舞踊的真髄嗎?將此美麗的舞踊女性脫到一絲不掛時,對舞踊而言重要的腰部曲線,可能呈現的是斷裂破碎,像考慮這種狀況的鑑賞力也沒必要嗎?舞踊對於扇子的握法有一些不成文的規定,例如佩戴戒指之類的,是絕對的禁忌,這些難道都不需要知道嗎?

▷在暴風雨的庭院裡玩耍的雞的尾毛,居然完全聞風不動等等不合邏輯的畫作(林玉山《驟雨》),像這種連在門外漢眼中都看起來滑稽的作品並不少,恐怕是審査員對事物的知識過於貧弱的關係。

除了鹽月畫伯的情緒激昂、騷動不安、宛如戰爭前的氛圍的《印度牛(Kankrej)》以外,連一幅表現非常時期的繪畫都看不到,令人非常不滿意。


臺灣美術展覽會第八回の評價

甲記者

然るに今度の畫展で「日本人此處に在り」を思はせたものは、西洋畫に於ける鹽月桃甫畫伯の「カンクレージ」一つのみ燦然として輝いてゐた。其の外には同じく西洋畫の「大稻埕」と題する臺日賞の立石鐵臣君の畫が非常時氣分を思はせてゐた。其の外には東洋畫の鄉原古統、喜多收一郎、石本秋圃三氏の畫が時代らしく見られた。其の他にはどれもこれも平和其もので、 線細かい、沈滯氣分の畫ばかりであつたことは遺憾千萬あつた。

一體國が興る時に描かれた畫は線が大きく強く隆々と刷かれてある。佛蘭西の畫、獨逸の畫、それは國柄の如何を餘りにもよく表はしてゐるではないか、審査員の態度に對しても苦言を呈したい。決して諸君は出蟬目の審査をしたものでは無い事を信するが時代精神の反映と云つた樣畫が壁か眞實かを鑑別する技巧上よりの見方に遺憾なしと斷じ得るや否や。

假へば舞踊の女性を描いたもの對して、只筆のみの技巧で事を決する樣では畫家の薄識をサラけ出すことになりはせぬか、舞踊の畫を見る時には舞踊の眞髄を知る必要はないか、美しき彼の舞踊の女性を裸にしたとき、舞踊に大切な腰部の屈折が砕けてゐるなんと云ふてとを考へて見る眼 識が必要ではないか、舞踊には扇の持方に一定不律の作法があり、特に指輪をはめるが如き絶對禁物である、なんと云ふ事も知つて居る必要がありはせぬか。

暴風雨の庭先に遊ぶ鷄の尾羽一つも亂れてゐなかつた等はロチックの合はぬ畫である、が如き、其の他素人眼にも滑稽視されるもの少くなかつたは審査員の事物に對する知識の貧弱を思はせた。

要するに帝國南方の國防第一線を承はる臺灣に於ての非常時代展覽會に、鹽月畫伯のいきり立つ何となく騷がしい恰も戰爭前の氣分を偲ばせる彼の「カンクレージ」以外に一の非常時表現の繪畫を見なかつたことは大きな不滿であつた。

─原載《臺灣》,第11月號,1934-11-20,頁28-29。

(辨識、翻譯/李淑珠)