◇南部出身的審查員與新入選
◇島都 (臺北)秋季的畫壇由臺展來點綴,這回展覽於本月(十月)二十六日華麗登場(debut)。作為地方展覽,臺展僅次於鮮展(朝鮮美術展覽會),內容相當充實,能夠看出藝術的年輕活力與光彩。然而,不可否認的是,其中也孕育著一種地方性的、帶有鄉土氣息的官僚心態。雖然報紙大肆宣傳其「躍進的跡象顯著」,但實際上樓下大概只有五件、樓上大概三件左右算得上是像樣的畫作,其餘作品已逐漸失去原本緊張而鮮明的青春氣息,陷入一種退縮的、乳臭未乾卻自以為老成的模式。若要為臺展的未來作出承諾,唯有擺脫這種所謂官僚式畫展的外殼,創造出
◇真摯 的畫壇,才有可能開拓道路。如此一來,類似嘉義畫家常久常春的《塔山》事件這種爭議也絕不容許再次發生。因為基於對大作(大尺幅作品)之同情而讓作品「至少半邊入選」的審查員說法,不僅是輕率,更是對藝術的冒瀆。在所有的入選作品中到底有多少百分比(Percentage)是這種所謂的「溫情入選」?而這樣的做法,其實傷害了全體藝術家(artist)的尊嚴,也不意外入選者們會群起激憤地要求:「應該明確指出究竟哪些作品是溫情入選才對!」了。本來臺展的組織本身就很異常,最高幹部會議竟完全由文教局相關人士組成,這些人不僅缺乏
◇畫心 (對繪畫之理解力),甚至連色彩都未必能分辨清楚,僅僅在東洋畫方面加上鄉原(古統)、木下(靜涯),在西洋畫方面加上鹽月(桃甫),這樣的安排本身就已經不合理。臺展至今已有八年,理應能夠獨立運作,至少應該設立臺展會員,並讓幹事會的一半由這些畫家會員參與,以便為原本沉悶的幹事會注入清新的氣息,這才是臺展能夠邁向未來最重要的一步,不是嗎?至於一直備受爭議的審查員問題,僅由在地畫家擔任審查員的方案,實在令人無法接受。大體而言,在地審查員的作品中,能算得上真正
◇繪畫 的,大概只有洋畫(西洋畫)的顏水龍與東洋畫的陳進兩位。即便如此,無論在畫作形式或內容上能夠給後進作家帶來重大衝擊的作品,卻一件也沒有!在此情況之下,鹽月氏能提出寫實主義(realism)式的新課題,確實令人佩服。至於這究竟是刻意還是偶然,尚不得而知。另外,洋畫審查員的本島(臺灣)人全都是南部出身,北部出身者一個也沒有;而新入選的本島人作家也全都來自南部,這若說是偶然,或許也能如此解釋,但真的能一口咬定其中完全沒有任何說不清楚的微妙(delicate)因素嗎?
◇臺灣 觀眾的水準(level),與八年前相比,已經有天壤之別,也就是說,他們鑑賞的眼光已經更加敏銳。藤島武二氏的《山間赤陽》,讓人有如欣賞泰西(歐洲,Far West)名畫般的感受。以下來看看洋畫特選級的作品。獲得臺日賞的立石(鐵臣)君《大稻埕》確實堪稱特選級,但過於裝飾化,缺乏遠近感,作為地方色彩(local color)好像又太有内地(日本)的氛圍了吧!去年以靜物畫(《室內》)獲得特選的李石樵(譯註1)君,這次以巧妙運用三原色描繪的美人畫《女孩》,再次獲得特選,但此畫所得到的僅止於學院派寫實主義的讚賞,背景(back)與人物的關係顯得拙劣。至於特選
◇首席 (第一名)的《八卦山》(陳澄波作),可以說是問題之作。畫面處理有破綻,雖然帶有童畫般的趣味,但在素描(dessin)方面令人質疑,結論就只是畫的很誠懇而已。歸朝組(歸國派)的陳清汾君,去年以靜物畫(《野菜の靜物(蔬菜靜物)》)一舉成名於本島畫壇,但今年的作品《沒有天空的風景》卻顯得有點奇特,雖然能看出構圖上的良苦用心,但與描繪靜物時的筆觸完全判若兩人,令人期待畫家日後全力以赴的力作。楊佐三郎(楊三郎)君的《南歐坎城(Cannes)》試圖表現強烈的情感卻未能成功,導致自露破綻,但相較近年作品而言仍算佳作,與其在《臺灣新民報》上的插畫相比更是有天壤之別。最後是雖然未能入選特選,但仍可謂堂堂之作,例如
◇森部 勉君的《午後的展望》、李水吉(譯註2)君的《淡水風景》、素木洋一君的《被遺忘的花》(譯註3)等等,仍可謂堂堂之作。至於東洋畫方面,郭雪湖君的《南國邨情》線條過於繁複,缺乏暢快之感;庄司文子君的《朝》、謝清埤君的《群鯉》、黃水文君的《麵包(pão)樹》、林雪洲君的《藪蔭》、呂鐵州(譯註4)君的《秋近》、石本(秋圃)君的《母親肖像》、喜多收一郎君的《高秋》等等,也都是相當不錯的作品。除此之外,其餘的畫作都沒有堪稱亮點之處。
百花繚乱の装を凝して 臺展の蓋愈開く 開会前から既に問題あり
◇南部出身の審査員と新入選
◇島都 秋の画壇を飾る臺展は愈々此の廿六日から華やかにデビューしたが、地方展としての臺展は鮮展に次ぐ充実したものとして、芸術的な若さと輝きを看取し得られるが、何処となく地方的な田舎臭い官僚気分の胚胎して居る事も争へぬ、躍進の跡顕著なりと日刊新聞が提灯を持つて居るが、階下で五点、階上で三点位が画らしき画で、其他は緊張的な若さが漸次影を潜め、退嬰的な乳臭いまゝの老成振りの型に入り込まれつゝあるやうだ、臺展の明日を約束するには斯うした所謂官僚的画展の殻を脱して
◇真摯 な画壇を創造することによつてのみ道は拓けるであらうし、問題となつた嘉義の常久常春『塔山』の如き事件も絶対に起り得ない事にもなる、大作に対する同情から半分でも入選せしめやうと言ふ官僚的温情的審査員の言は軽率と言ふよりも芸術に対する冒涜であり、入選画の幾パーセントかは所謂才情入選? その意味はアーチスト全体の誇りを傷けるものであり、一体孰れが其の才情入選であるかを明確にして貰はねば、と入選者達がイキマクのも亦当然の事でもあらう、元来臺展の組織自体が変態で
◇画心 どころか色も碌に判らぬ文教局関係のみを以て最高幹部会を組織し、唯々名作許りに東洋画に郷原、木下、洋画に塩月を加へた処ろ既に無理がある、臺展としても既に八歳、モウ一人歩きの出来る臺展会員位出来て良い頃に、幹事会の半数位はその臺展会員の参加によつて在来の鬱陶しき幹事会なるものに清新の気を注ぐと言ふやうな事のみが、明日への飛躍の為めの一番大切な事ではあるまいか、それから兎角問題にされて居る審査員問題は何と言つても地元のみの審査員案には賛成出来ぬ、大体地元審査員の画の内で
◇画ら しき画が洋画の顔水龍、東洋画の陳氏進の二氏位のものだ、絵画の形式にせよ、内容にせよ後進作家に大きな衝動を与へるものが一つとしてあるか、其処へ行くと塩月氏のリアリズムな新しい問題を提供して行く処は流石なものだ、故意か偶然か、それは判らないが洋画審査員の本島人全部が南部出身である事だ、北部出身は一人も無い、それに新入選の本島人作家は全部南部出身と言ふのだ、之れは偶然と言へば偶然と言へやう、一点何等の説明の出来無いデリケートなるものなしと断じ得るか
◇臺灣 の観衆のレベルも八年前とは雲泥の相違がある事であらう、詰り目が肥へて来て居る、藤島武二氏の『山間赤陽』は泰西の名画を見るやうな感がある、先づ一渡り洋画特選級を漁つて見るに、臺日賞を獲得した立石君の『大稲埕』は断然特選級だが、装飾的で遠近なくローカルカラーとしては餘りに内地の空気を取り過ぎては居ないか、昨年静物を描いて特選を獲た李樵君の三原色を巧みに配した美人『ムスメ』を描いて再特選学校派の写真主義の賞讃を得るに過ぎぬ、バツクと人物の関係が拙い、
◇首席 陳澄波君の、『八卦山』は問題と言へやう、画面破綻あり、子供の面白サこそあれデツサンの点はドウかと思ふ、結局真摯に描いて居る丈けに過ぎ無い、帰朝組の陳清汾君、昨年静物で一躍本島画壇に名を為したが本年の『空のない風景』とは珍妙、構図の苦心の痕は見へるが静物を描いた筆とは全く別人の観がある、力一杯の力作が期待される、楊佐三郎君『南欧カーヌ』は強い気分を出そうとして出ず、自己破綻を来して居るが、近年に無い出来栄で新民報の挿画とは雲泥の相違だ、特選にこそ漏れたが
◇森部 勉君『午後の展望』李永吉君の『淡水風景』伊東篤郎君『忘れられた花』等々は堂々たるものだ、東洋画の方では郭雪湖君の『南国邨情』は線かうるさく暢然とした処が無い、庄司文子君『朝』謝清埤君の『群鯉』黄水文君『パンの木』林雪洲君『藪蔭』呂鉄洲君『秋近し』石本君の『母の像』喜多収一郎君の『高秋』等は相当の出来栄であらう、此等を除いて各画ともに大したものは無い
—原載《臺灣経世新報》,1934-10-28(11版)。
(辨識、翻譯/李淑珠)
註釋
譯註1. 原文「李樵」漏植「石」字。
譯註2. 原文「李永吉」的「永」為誤植。
譯註3. 此畫的作者並非「伊東篤郎」,應為誤植或作者誤記。此外,「伊東篤郎」的「東」,亦為「藤」之誤植,而伊藤的作品為《桃のある靜物(有桃子的靜物)》。
譯注4.「呂鐵洲」的「洲」為誤植。
