二
在東洋畫部的審查員級作品中,雖然沒有特別令人驚艷的畫作,但陳進女士以新銳之姿展現出刻苦鑽研的精神,格外引人注目。其作品《含笑花》在人物描寫方面展現出一番新境界,畫中一旁的孩童用左手拿著玩具,或許是左撇子吧!木下靜涯君的《春》是一幅溫和而穩妥的作品,畫面春意盎然,但比較像是一種「我也能畫這類畫」的示範之作。鄉原古統君的《端山之夏》則重蹈去年大作(大幅作品)《玉峰秀色》失敗的覆轍,即功虧一簣的山骨皴法。對於這位對山巔描繪充滿自信的畫家,期待他未來能示範更為適切的新皴法。
× ×
論及展現刻苦精神的努力之作,林玉山君的《夕照》可謂首屈一指。林君以鳥瞰的構圖方式,一筆一筆細緻描繪出相當廣闊的景致,其所投注的心力可見一斑。然而,完成的作品卻給人一種以日本畫材料繪製的西洋畫(油畫)之感,若要問這幅作品中何處體現了東洋藝術的精髓,恐怕令人難以回答。儘管如此,若從作家未來發展的角度來看,唯有累積如此程度的努力,並經歷這種貼近寫生的創作歷程,方能邁向成熟。因此,在這層意義上,《夕照》仍可視為一件值得肯定的作品。
× ×
同樣是以努力聞名的畫家呂鐵州君,今年開始展現出打破既往的風格、從寫生轉向寫意的意圖。然而,這種轉變尚未在作品上有明顯的成果。呂君以一對形式繪製的屏風作品《南國》,雖然是份量十足的大作,但略顯表面化,令人質疑該畫是否能充分展現畫家的美學意識。相比之下,《夏》一作則較為穩妥,表現上更具備「鐵州風」,佳。至於新作的《大溪》,對這位畫家而言是個新境界,他在風景畫的領域究竟能鑽研、推進到何種地步未來能自我突破到何種地步,且讓我們拭目以待。
× ×
備受矚目的青年畫家郭雪湖君,今年大幅轉變創作風格,朝向強調東洋畫獨特線條的南畫領域發展,《南瓜》與《寂境》即為此類畫作。《南瓜》一作特別著重線條運用,展現出畫家在創作上的新意,但其效果究竟有多成功,仍令人存疑。《寂境》則據說描繪的是京都南禪寺後山的石洞與寒林月夜,雖然投入了極大的心力與努力,成品卻未能獲得相應的讚賞。這兩件作品皆可視為郭君試圖擺脫其既往的洋畫式塗抹技法,回歸純粹東洋畫境界的努力成果,在純藝術的精進上,此點值得肯定。郭君去年獲得「推薦」資格,未來五年的出品均為無鑑査(免審查),而他選擇將這段時間投入於像這樣的創新探索,實在志氣可嘉。(鷗汀生)
今年の臺展
努力の作『夕照』 寫生より寫意へ
二
東洋画部の審査員級作品中には特にコレぞと言ふ程のものも無いが陳氏進嬢が、新進の腕にヨリをかけて刻苦してゐるのは眼につく『含笑花』は人物描写に一進境を示してゐる。傍らの子供が左手に玩具を持つてゐるのは左ぎつちよか。木下静涯君の『春』は春らしく和かな無難な作、斯ういふ画もかきますといふ標本、郷原古統君の『端山の夏』は昨年『玉峰秀色』の大作に於ても九仞の功を一簣に缺かしめてゐる山骨皴法の同じ失敗を今年も繰返してゐるものである、山巓描写に自信を持つ此画家から更に他の適切な新皴法の作例を示して貰ひたいと思ふ。
× ×
念々刻苦する努力の作としては林玉山君の『夕照』を第一に挙げねばなるまい、可なり面積的に広い場所を鳥瞰図式にコツコツと画きあげた努力の程は確かに思ひ遣られる。然し出来上つたものは日本絵具に成る西洋画である、東洋芸術の真骨頂が此作の何処に認められるかといふ段になると疑問符ものだ、唯此作家が将来大成するはコレ程の努力を積み斯ういふ写生に即した過程を経なくては駄目だといふ限りにおいて『夕照』は矢張貴ふべき作品であると言ひ得る。
× ×
同じく努力の画家呂鐵州君は、本年頃から在来の型を破つて写生から写意の方面へ転向を見やうといふ気分を示してゐる。だがソレは未だ業績の上には現はれてゐない、屏風一双に描上げた『南国』は量的大作ではあるが幾分上つ滑りがして画家の美意識をどれ程端的に現はし得てゐるか疑問である『夏』の一作の方が無難で鐵州張りの作らしくて宜しい尚『大渓』の新作は此画家としては一新境地で風景畫の方面に此畫家が何処まで突き進めるか今後に残された興味である。
× ×
人気の青年画家郭雪湖君は、今年はグンと調子を変へて東洋画独特の線を活かす南画方面に転向した『南瓜』及び『寂境』はその作例である。南瓜では特に線に力を入れ此画家としては新味を出してゐるが、何処まで効果的であつたかは疑問である。寂境の方は京都南禅寺の裏山にある石洞と寒林の月夜を描いたものださうで非常な苦心と努力とが拂はれてゐるに拘らず出来上りはソレ程に買はれない。此両作は在来の洋画式の塗抹描法から離れて純東洋画の境地に立ち戻らんとして非常な苦心と工夫とを費したもので純芸術的精進として其点は認めてやらねばならぬ。同君は昨年推薦になり五年間は無鑑査であるが、此期間を斯ういふ新工夫の為に費す事は頗る意気ある事と言はねばなるまい(鴎汀生)
─原載《臺灣日日新報》,1933-10-30(日刊2版)
(辨識、翻譯/李淑珠)
