錦鴻生(譯註2)

郭雪湖氏年紀雖輕,卻憑著一股努力的勁頭,如今已經達到「無鑑查(免審查)」的地位。世間最可畏的,莫過於努力。但郭氏的繪畫天賦在其作品中也展露無遺。看看他的《南瓜》吧!畫面上的色彩對比(contrast)或線條帶來的動感,既有南畫的韻味,又不失新鮮感。雖然是靜態的題材,但畫面中具有暗示大自然生趣盎然的線條非常具有動感,不是嗎?只是貫穿畫面中央的竹棒有將畫面二分之嫌,但並不會令人太在意。至於《寂境》,則是失敗之作。原因在於不是寫生之作,而且墨色層次不足,畫面缺乏格調。郭氏還年輕,像這種老氣橫秋的作風,應該留待以後年紀大一點再去嘗試。

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  村澤節子女士的以前的作品,雖然沒看過,但《扮家家酒》只是一件平庸之作。僅描繪了人偶,而非有血有肉的人物,也沒有置身於野外或庭院中的感覺,也就是說畫面的氛圍曖昧不清。此畫之外,應該還有許多更值得特選的作品才對。希望村澤女士明年能更加努力,呈現更好的作品。

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  林玉山氏作為(臺灣)南部的雄才,每年都展現出極大的努力。《夕照》選用了對東洋畫而言困難的題材,看得出花費了不少的心思,傍晚的氛圍也有充分表現出來。若要挑剔,則是占據全畫面的高山描寫,未能展現出應有的雄偉感,且紫色略顯黏滯。整體描寫非常細膩,但既無不自然之處,也不令人覺得看起來不舒服,這正顯示了林氏的實力。林氏此次獲得「推薦」,絕非偶然。

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  不破周子女士剛從女子美術學校(譯註3)畢業,但可以看得出很用功。《水邊》在色彩處理與構圖(composition)上頗有妙趣,但畫面左下角若有再暗一點的地方,整體效果或許會更為明顯。是一位備受期待的閨秀畫家。

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  村上無羅氏與往年相比,這次呈現了非常好的作品(《滿洲所見》)。這種畫作形式在內地(日本)曾經有人展出過,但在臺灣尚屬首例,因此引起了不少的注目。能將那麼多張畫面(一大張十二小張)毫不突兀地配置成一幅畫,確實非凡。雖然有些地方融入了洋畫(油畫)的元素,但並沒有任何破綻。雖然如此,也沒有特別突出的亮點就是了。

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  西洋畫的「特選」爭奪戰相當激烈,但畫家的實力還是可以在作品中窺知。顏水龍氏非常用功,《K小姐》不論在色彩或格調(tone)上都有高雅流暢的表現,尤其是婦人下半身的描繪十分出色,白色(white)的處理得宜,衣服的柔軟質感與下垂的重量都表現得很好。只是背景(back)的藍色(Ultramarine)過於強烈,使下半身的韻味稍顯不足。手臂圓潤的感覺表現很好,但右臉頰的內側缺乏「面」的處理,以至於臉部顯得有點僵硬。即使如此,此畫仍是今年臺展的重要成果之一,非常出色耀眼。至於《西蒙(Simon)小姐》,雖不如《K孃》傑出,但畫面的表現柔和,感覺很好,只是在衣襟下起伏的右胸附近的肌肉表現,感覺有點敷衍。此外,手部的描寫也有觀察不足之處。但若與那些在其滯歐(留歐)作品展(譯註4)上所看到的概念化、描寫不夠深入的畫作相比,此畫可取之處更多。顏氏歸國後的確有顯著的進歩,是前途可期之人,令人感到欣慰。


臺展評 推薦.特選 作を見る (二) 

錦鴻生

郭雪湖氏は若いながらも努力一点張りで今日無鑑査に迄漕ぎ付けてゐるが努力程恐ろしいものはない、併し氏にも又豊かな天分が躍如として作品に表れてゐる、彼の南瓜を見よ画面の持つ色彩のコントラスト、線の持つ画面の動き、南画味を持ちながらも新鮮味を失はない、静かな画材ながらもそこに生命ある自然の暗示を持つ線が動いてゐるではないか、只画面が中央あたりを通る棒によつて二分される恐れがあるが併しそれ程に目立たない、『寂境』は駄作だ、之れは写生に寄らないためと、墨に色の研究が足りないせいで、墨には色がなく画面には調子がない、氏は未だ若いからこんな老人じみた仕事の真似は後年に譲るが良い。

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村沢節子さんの過去は知らないが『まゝごと』は凡作である、単にお人形を描いてゐる丈で血の通つた人間ではない、それに野や庭に居る気持ちがない、即ち画面のもつ雰囲気があいまいである。此の画以外に特選になり得る画が沢山あるはずだ、来年はうんと勉強して良い作を見せて頂きたい

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林玉山氏は南方の雄として活躍してゐる丈に毎年非常な努力を見せてゐる、『夕照』は東洋画の難しい画材を取つてゐる丈に大分苦心した跡が見えるが、併し夕方の気分は充分に表はされてゐる、慾を云へば其山に全画面に見る程の雄大さが感ぜられない事と紫色に少し粘り気がかゝつてゐると云ふ虞はあるが、細く描いてゐながら何の不自然もなく一寸も目さわりにならない処に氏の実力が窺はれる、氏が今度推薦になつたのは決して偶然ではない、

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不破周子さんは女子美術を出たばかりだが非常な勉強振りを示してゐる、『水辺』は色のこなしやコンポジシヨンに相当に妙味がある、只左下の方にもつと暗い処があつたらもつと引き立つて見えて来はしないか、大いに期待される閨秀画家である。

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村上無羅氏は先年に比べて非常に良い作を見せてくれた、此の形式は内地では発表された事があるが臺灣では始めてで大分注目を引いてゐるあれ程多数の画が何の不自然もなく配置されてゐる事は確かに非凡である、画に洋画を取り入れてゐる処があるが何の破断をも見せない、只さうかと云つて特に目立つて良いと云ふ処がない丈である。

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 西洋画の特選争奪戦は相当猛烈な処があるが実力は矢張り画に現はれてゐる、顔水龍氏は非常な勉強振りを示してゐる。『K嬢』は色もトンも上品になめらかに行つてゐる、殊に婦人の下半身の描写がよく、ホワイトがこなされてゐる、服にキレの柔らかさも出てゐて上に垂れ下つた服の重さも出てゐる、只バツクのウルトラが強すぎた為めに下半身程に味が出ない、だが腕の持つ圓味は気持ちよく出てゐるが右頬の奥に行く「面」が欠けてゐる為めに顔がカタク見える、併し臺展本年の大収穫として輝いてゐる、『シモン嬢』は『K嬢』程良くはないが柔らかく感じがよい、只服の中に運動する右胸辺りの筋肉にゴマカシがないでもない、又手の描写に観察の足りない点はあるが滞欧作品展の時に見る概念的な突込んでゐない画に比して多いに見るべき処がある、帰朝して益々進歩を示してゐる処に将来を約し得る人として私は嬉しく思つてゐる

—原載《臺灣新民報》,1933-10-30(6版)

(辨識、翻譯/李淑珠 )

註釋

譯註1. 統合〈臺展評 推薦.特選 級を見る (一)〉(《臺灣新民報》1933年10月28日版6)之標題。

譯註2. 應為臺灣新民報社美術記者林錦鴻。

譯註3. 位於日本東京,於1900年創立,校名為「私立女子美術學校」,1919年改稱為「女子美術學校」,1929年再改稱為「女子美術專門學校」,1949年改制為「女子美術大學」至今。

譯註4. 有〈顏水龍氏の滯 歐作品個人展〉(《臺灣日日新報》1933年4月26日夕刊版2)與〈顏水龍氏 滯歐作品展覽會 臺南定本月廿六日 開於林百貨店〉(《臺灣新民報》1933年5月23日版2)。