(十月)二十六日下午七點,在教育會館舉辦了以第七回臺展入選者為主的座談會。東洋畫在別館、西洋畫則在本館三樓各別舉辦。審查員結城(素明)與藤島(武二)兩位畫伯在座談會上所發表的意見,足以作為繪畫界的指導原理,故特別在此予以介紹。

大膽描繪 累積練習 畫作即文章 

藤島畫伯談

  我來臺的時候並沒有抱持太大的期待。看到出品的作品之後,才發現大家都相當努力在學習。各位所前進的方向並沒有錯。年輕的時候可以稍微大膽一些,這樣反而更有趣。親身去經驗才是最重要的,比起空談道理,實際去做、去碰撞才更有收穫。無論是色彩還是筆觸(touch),必須透過練習才能進步。即使是大家(名家),若不練習也會退步。作畫就像寫文章一樣,要把自己想要表達的地方清楚呈現,其他部分則隨之描繪即可。描寫細膩的作品一般會受到稱讚,但畫作並不一定要完全依照大自然的樣子去描繪。依常識去畫的作品往往顯得平凡。

以大自然的描寫 建設臺灣藝術

結城素明畫伯談

  今年與去年相比,顯示出非常大的進步,這實在令人欣喜。去年是第一次前來協助審查,當時看到大家努力創作的優秀作品,感到十分高興。今年則是看到了技巧更為進步的痕跡,作品的規模也更大,無論在數量或品質上都有所提升。非常期待明年能看到各位更加努力創作的更為出色的作品。至於審查方面,我本人是抱持虛心坦懷、公平的信念來進行的。此外,與當地(住在臺灣)的審查員一同審查的件數極少,因此能夠仔細品味作品。

  呂鐵州氏的作品表現穩健,像這樣的研究方針絕對正確。

  花草與風景只要如實描繪,最不容易出錯。筆法方面則每個人有自己的個性,無法一概而論。色彩也因個人喜好而異,但最穩妥的仍是觀察大自然之後再進行描繪。但技巧需要練習,光是調顏料就很困難了,若不勤加練習便無法進步。繪畫的研究最好從大自然著手,這樣才確實而健全,切勿追逐流行。臺灣的大自然,不論山形、河川的流動,甚至草木的色彩,都與內地(日本)不同。仔細觀察臺灣的大自然並加以描繪,是一件非常重要的事,只要如此,相信必然能成就臺灣獨特的藝術。至於古畫,不看也無妨。京都有許多數百年甚至上千年的古代作品,京都的畫家每天都在觀摩這些古畫,但在出品帝展的作品中卻看不到古畫的影響,反而在東京的畫家作品中會看到。研究古代傳統繪畫並應用於創作上,若能到達更高的境界自然可取,但大家往往只是做到差不多可以的程度就結束了,所以並不好。不受古老傳統拘束,在只有花草和自己的世界裡創作,才最為理想。在一個沒有外在干擾的世界裡自由創作,久而久之自然會產生好的作品。


臺展入選者を 中心の懇談會

去る二十六日午後七時より教育会館で第七回臺展入選者を中心に座談会が開かれた、東洋画は別館、西洋画は本館三階で夫々開催、其時の審査員結城、藤島両画伯が述べられた意見は斯道の指導原理ともなるを以て此処に御紹介しやう

大胆に描き 練習を積め 画は文なり 

藤島画伯談

 私は来る時には此程迄に期待を掛けてゐなかつた。来て見ると中々皆が勉強してゐる。皆様の進む方向は誤つて居ない。若い内は少し大胆にやつても良い。その方が面白い。自分で経験する事が一番大切で理窟よりも実行してぶつつかつて見る方が為めになる。色やタツチに於いても練習して始めて上達する。大家でも練習しないと矢張り下ります。画は文章を綴ると同じ事で自分が言はうとする処ははつきり出す、他は其他として描いて行く。細く描くと一般は誉めるが画は必ずしも自然の通りに描かなくても良い。常識的な画は平凡なのが多い

自然描写で 臺灣芸術を建設

結城素明画伯談

 今年は昨年に比べて非常な進歩を示してゐる事は誠に嬉しい事である。昨年は始めて来たのであるが其時非常に努力した立派な作品を拝見して嬉しく思つてゐたのですが、本年は更に一層と技巧の進歩の跡が見え、作品も大きくなつて量に於ても又質に於ても共に向上してゐる、来年は一層の御努力によつてもつと立派な作品を見せて下さる事を楽みにしてゐます、審査については虚心坦懐公平なる信念を以つて臨んだ心算です尚当地の審査員方と一緒に審査しました数が極く少かつたのでいつくり見る事が出来ました

呂鉄州さんの作品は健実に行つてゐます。其様な研究方針は決して間違つてゐない。

草花も風景も見える通りに描けば一番間違ひがない。書方にはそれぞれ個性があるのでどうこうと云へません又色も個人個人の好き好みがあるから自然を見て描く事が一番間違ひがないが技巧は練習を要する。画具をとくでさえ難しいのであるからよつぼろ練習しないと上達しません。研究は自然より入つた方が確実で良い、傾向から入らない方が健全である。臺灣の自然は山の形は勿論川の流れ、草の色まで内地と違つてゐる。その自然をよく見て描くと云ふ事は大切な事でさうしてゐれば必ず臺灣独特の芸術が出来ると思ふ。古い作品は見ないでも良い。京都には数百年或は千年以上の古い作品が沢山有る京都の作家は毎日さう云ふ古い画を見てゐるが、帝展出品されたのを見ると古い画がない。却つて東京の作家にある。古い伝統の画を研究して描くのは其以上の程度に迄達せば良いのである。大概良い加減の処で終ひになるから良くない。併其古い伝統に拘束される事なく、草花と自分丈の世界で画を描く事が一番良い。他に何もない世界で自由に描くと其内に自然と良い作が出来る

—原載《臺灣新民報》,1933-10-31(6版)

(辨識、翻譯/李淑珠 )