錦鴻生(譯註1)
在洋畫(西洋畫)家諸君之中,有些人非常擅長模仿。這或許是日本人的特色,但另一個原因應該是與修養不足有關。帝展也常見這種情況,例如今年若有一幅風格稍微與眾不同的作品獲得特選,到了明年便會突然出現大量同樣畫風的作品。臺灣畫壇尤為明顯,當某種畫風在臺展中顯得優勢時,原本盛行的畫風往往在一年之內就被取代。因為在臺灣沒有見識過太多真正優秀的作品,所以也情有可原,但身為作家竟如此缺乏主見,實令人驚訝。去年的特選中出現了風格與眾不同的作品,或是獨立展(全稱「獨立美術協會展覽會」)在臺北舉行,隨即就有許多相似的作品出現,這些都迎合了追逐流行的摩登男孩(modern boy)或摩登女孩(modern girl)的欲望。如果將審查員全部更換,大概不到兩年畫風又會像變色龍(chameleon)般改變,這樣實在太目光短淺了。真正的藝術家態度應該是深入研究,而不是單純模仿。
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首先來看東洋畫。張李德和女士展現了厚重且具自信的作品(《庭前所見》)。
市來栞(譯註2)女士因今年夏天罹患重病,作品(《豐果》和《牽牛花》)表現不佳,令人惋惜。
那須雅城氏(《阿爾卑斯景觀》)果然是研究高山的專家,高山的描寫非常到位,但在水的表現上似乎遇到了麻煩,瀑布的感覺很不自然。
呂孟津氏(《鹿》)今年也相當努力,但在題材的寫實上仍嫌不足。植物的描寫還不錯,但鹿皮過於僵硬,不佳。希望能再加倍努力…。
野村誠月氏(《爽風》)的衣服畫得很好,但衣服圖案如果用手畫不是更好嗎?
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周雪峰氏的《婦女圖》在色彩對比(contrast)上表現良好,但畫作欠缺格調,這點雖然也與畫作題材有關…。
秋山春水(《山家之朝》)、白子修二郎(《山》)、伊藤谿水(《蕃鴨》)、許春山(《秋苑》)諸氏皆過於注重細節,忽略了整體畫面的統合。末延(柳萠)氏(《太平山之秋》)亦然,若能以畫樹的心境來作畫會更好。呂汝濤氏(《百日草》)的上色技巧尚未成熟,但反而因此有趣。作品充滿活力,是一件令人愉悅之作。
林雪洲氏的《家鴨》,雖然色彩對比鮮明,但家鴨不夠突出。這大概是因為過於注重背景竹子的描繪,且缺少強烈的色調。但此畫既寫實也無敷衍之處,表現出色。
陳慧坤氏已完全轉向東洋畫,《納涼》比去年的《無題》更好,只是海的色彩與畫法不甚理想。期待其明年的作品。(續)
臺展評 一般出品 作を見る (六)
錦鴻生
洋画家諸君の内一部の人は非常に真似がうまい、之は日本人の特色であるかも知れないが一つは教養の足りないせいであると思ふ。帝展でも見る事があるが今年一寸毛色の変つた画が特選になると来年はさう云画風の画が急に多くなる臺灣画壇は殊に甚だしい、此画風の画が臺展で優勢を示すと今迄盛であつた画風が一年の内に変つて了ふ。良い絵を多く見てゐない関係上或は休むを得ないかも知れないが作家の不定見には驚く、昨年の特選に毛色の変へたものが出たり、独立展が臺北で開かれたり、すると急に其に似た画が多くなるそして流行を追ふモボ、モガの慾を満足させてゐる。若審査員が全部変つたとする。さうするとカメレオンの様に二年経たずに又変つて了ふと思ふ。それでは余り浅ましい。真に芸術家的態度で真似るでなくてギツしり研究されたい
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今東洋画より画を拾つて行かう張李氏徳和さんはどつしりした自信ある画を見せて呉れた。
市来シヲリさんは此夏重病を患つたので良い作品を見せて呉れる事が出来なかたのを惜しく思ふ
那須雅城氏は流石に高山を専門に研究してゐる丈に高山の描写は巧い。併水の表現には手古摺つてゐると見えて瀧が堅い。
呂孟津氏は本年も大分勉強したが物質の写実が未だ足りない植物はよく行つてゐるが鹿の皮が堅すぎて良くない。今一層の努力あらん事を……
野村誠月氏の服がよく出来てゐるが模様は手で描いた方が良くないか
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周雪峯氏の『婦女図』は色のコントラストは良く行つてゐるが画品が足りない。最も画材の関係もあるが……
秋山春水氏、白子修二郎氏、伊藤谿水氏、許春山氏に何れも細い処に眼が入り過ぎて大きい画面を忘れてゐる。末延氏もさうである木と同す気持ちで描くと良い。呂汝涛氏は塗る仕事が未だ熟してゐないが併そこが却つて面白い処がある。画に活気があつて気持よく出来てゐる
林雪洲氏の『家鴨』はあれ程の色の対照がありながら家鴨が引き立たぬのは竹を見過ぎた事と強い調子がぬけてゐる事によると思ふ。併写実的でごまかしがなく良く出来てゐる。
陳慧坤氏は完全に東洋画に転向した。涼みは昨年の無題より良い只あの海の色と塗り方が感心しない。来年の作品を期待する。(続)
—原載《臺灣新民報》,1933-11-02(6版)
(辨識、翻譯/李淑珠 )
註釋
譯註1. 應為臺灣新民報社美術記者林錦鴻。
譯註2. 市來的名字「栞」,讀音為「Shiwori」,常以「シヲリ」或「シオリ」、「しをり」、「しおり」來標示,而非漢字。
